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東京高等裁判所 昭和51年(行コ)7号 判決

控訴人 細谷祐正

被控訴人 静岡県知事

代理人 宮北登 桜井卓哉 川満敏一 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

1  主張

(一)  控訴人

(1) 伊東温泉区域(湯川、玖須美、松原、岡、鎌田の各区)の温泉法八条に基づく増掘及び動力装置申請については、昭和三五年以降同五〇年までの全部が被控訴人によつて許可処分となり、その件数は増掘申請につき一八九件、動力装置申請につき二六五件、合計四五四件であり、右許可基準の内容は、申請前の揚湯許可量の七〇パーセント以下に揚湯量が減少したときに右許可量の八〇パーセントまでの回復を許可するというものである。

右許可基準は、一見すると温泉源を保護する行政と見受けられるが、現実には揚湯量の増加を許可しているものであつて、しかも一一・四二パーセント以上の増加を意味する。また、伊東温泉区域に許可された温泉井は稼動中のものが三七〇井余であるから、被控訴人のした許可件数四五四件と対比すると、稼動中の温泉井の揚湯量の増加については、全部の井戸について過去一五年の間に平均一度以上の許可が与えられていることになる。

(2) 一方新規掘さくについては、揚湯量の多少にかかわらず、昭和三五年以降全く許可処分をしていないのであつて、彼此勘案すれば、法の公平な運用をしていないものというべく、結果として旧来の温泉井所有者を保護するという事態に陥り、温泉源を旧来からの温泉井所有者に独占せしめているのである。

(3) しかも、被控訴人は温泉源自体につき何ら独自の調査資料を持たず、ただ漫然と伊東温泉組合の調査資料に基づいて、新規掘さくについては絶対に許可しないとの態度を決めて本件処分をしたものであり、高度の専門的知見と認識からなされたものでないことはもとより、反面控訴人の原審主張にかかる事情について、全法的観点からする裁量権を行使しなかつたもので、本件処分は違法であり、取消されるべきである。

(二)  被控訴人

(1) 控訴人の主張(1)の前段の事実は認めるが、これは、温泉源を保護しその利用の適正化を図るという公益的見地から、本来揚湯量の一〇〇パーセントまでの復元が可能であるべきなのに、二〇パーセント減の八〇パーセントまでしかその復元を認めないこととしたのであつて、被控訴人としては伊東市の泉源所有者の全員総会でそれを周知させ、昭和三五年頃以来現在まで秩序だつてこれを守らせることにより、温泉源の枯渇化防止に努めているのである。

(2) 仮に本件申請につき許可処分をするときは、同種の新規掘さく許可申請が相つぎ、しかもこれらの申請を拒むことができなくなることは必至である。そうなると、昭和三〇年代前半のように温泉の争奪をめぐつて伊東温泉の秩序や地域の混乱が生じ、既存の温泉井のみならず伊東温泉全体に悪影響を及ぼして、泉源を荒廃させ、また温泉地一帯の経済基盤をも失わしめ、温泉利用の不特定多数人の利益を奪うおそれがあり、温泉源を保護し、利用の適正化を図るという温泉法の趣旨を没却することになることが明らかである。

(3) 被控訴人は、処分権者として十分な調査をした上で本件処分に至つたものであり、その基礎資料は学者又は公的機関の作成にかかるもので、内容が恣意にわたるということはありえない。また、被控訴人が本件処分をするについては、控訴人の原審主張にかかる事情は全く無関係なものであるから、これを裁量する限りではない。

2  証拠 <略>

理由

一  当裁判所は、控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は、「原告の主張に対する判断」の末尾に、次のとおり附加するほかは原判決の理由説示と同一(但し原判決一九枚目表五行目の「抗井」は「坑井」の誤字と認めて改める)であるから、これをここに引用する。

控訴人は、昭和三五年以降同五〇年までの数字をあげて、被控訴人が旧来の温泉井所有者の増掘及び動力装置申請についてはこれを全部認め、反対に新規採掘申請については全く認めていないことを指摘し、これは法の運用として公平を缺くのみならず、本件処分については、被控訴人の依拠した調査資料の恣意性とその裁量権の不行使を非難して、本件処分が違法であり、取消しを免れないと主張する。

右のうち裁量権の点については、すでに前段まで(「原判決理由四」)において説示したとおりであつて、控訴人の主張する事情は、被控訴人が本件申請につきその許否を決するにあたり裁量の余地のないものであることから採るを得ない。また調査資料の点については、被控訴人のした本件処分が、学者や公共団体の調査、研究の結果(例えば<証拠略>)を基礎資料にしていることが弁論の全趣旨によつて認められるから、他にこれに代る有力な資料の存在がうかがわれない以上、これを以て一概に信頼性に乏しいとしたり、漫然と伊東温泉組合の調査資料に依拠したとしたりして、本件処分の恣意性を論難することはあたらないというべきである。

そこで右控訴人の主張のうち、行政の公平に論及した点について以下に判断する。

一般に行政における法の施行、運用が、その目的に応じて行政庁の裁量により多様な形態をとりうる場合において、これによつて利益を享受すべき集団又は個人の間に、合理的な理由のない差別扱いがなされるときは、当該行政処分そのものが裁量権の逸脱として違法に帰することのあることは肯認されてよい。このことは、本件の如き温泉掘さくの許可処分についても同断である。蓋し、それが行政庁(県知事)の裁量に委ねられているといつても、前述のように、主として専門技術的な判断を基礎とし、公益的見地に立つてなされる限りにおいてであつて、これらを逸脱した差別扱いの如きは、その裁量権の限界を超えるものとして、当該行政処分即ち許可もしくは不許可処分を違法視しなければならないからである。

ひるがえつて、控訴人の当審における前記主張(1)の前段の事実は当事者間に争いがなく、また同(2)の事実のうち昭和三五年以降被控訴人において新規掘さくを全く許可していないことは、被控訴人の明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。そして右両事実を対比すると、たしかに温泉源の利用につき、旧来の権利者と新規申請者との間に差別を設け、既得権者のみを保護するという結果となつており、行政に公平を缺く疑いがもたれないではない。従つて、問題はこの一事を以て、合理的な理由を欠く差別扱いであるとして、結局本件処分を違法視し得るかどうかである。

伊東温泉を全体的にみると、昭和三五年頃から、温泉水位の低下、揚湯量の減少、温度の低下、成分の変化などの現象が起り、また岡区、鎌田区(本件申請にかかる掘さく地点が所在する)におけるゆう出量の増大と温泉密集地である湯川区、玖須美区におけるゆう出温度の低下との間に、相当明瞭な相関関係があることが科学的な調査、研究の結果明らかになつたことは、前認定のとおりであつて、右事実と弁論の全趣旨によれば、かりに本件申請につき許可処分がなされるにおいては、鎌田区はもとより右温泉密集地等においても同種の新規掘さく許可申請が相ついでなされ、かつこれらを拒むことが困難となることが明らかに予測されるところ、かくては、<証拠略>に徴して知られるように、すでに昭和三六年頃から前記の如き揚湯量の規制措置をとおして、ようやく維持されてきた伊東温泉の温泉をめぐる秩序が乱れ、昭和三〇年頃から同三五、六年頃にかけてのような温泉争奪やこれに伴う地域混乱が再び招来されて、既存の温泉井の利用に悪影響を与えるのみならず、伊東温泉全体における前記危険な諸傾向を一層促進させ、延いては温泉源そのものの荒廃を促し、温泉地一帯の地域社会の経済的基盤をすら掘り崩し、かつまた保養を求めて来集する不特定多数の一般公衆の利益をも奪うおそれがあるといわなければならない。

果してそうとすれば、伊東温泉がおかれた時期と地域の背景ないし特徴に鑑みるとき、本件処分は、前記の規制措置の線に沿つて、伊東温泉全体ないし伊東温泉をめぐるもろもろの公益を考慮したものと評価し得るのであつて、単に温泉既得権者の保護のみをはかつたものでないことはもとより、新規申請者である控訴人に対しいわれなき差別扱いをしたものということもできない。

かくして、控訴人主張の行政における公平の観点からしても、本件処分につき行政庁である被控訴人に裁量権の逸脱は認められず、これを違法視することはできない。

二  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求を理由がないとして棄却した原判決は相当であり、本件控訴は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村宏一 高林克巳 高野耕一)

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